美奈宜神社の概要


美奈宜神社の概要とは一体どういう由緒があり、どういった
祭神を崇めており、またどういう神社なのかを説明したいと思います。

これは私も調べてはじめて知りました、参道の方に
案内がありましたので、それをそのまま載せたいと思います。

式内美奈宜神社

祭神 天照皇大神 住吉大明神 春日大明神

相殿 神宮皇后 武内宿祢を併せ祭る

由緒 第14代仲哀天皇は白髪山を本城とする敵、羽白熊鷲を討つため
軍を進められていたが途中病気で急逝。しかし神宮皇后は喪を秘して
武内宿祢等を從えて喰那尾山頂(ここから北西200m)の地で陣をしき
謀議の末賊を討たれた。

これはお告げをうけた三神の助であるとして美奈宜川上「池辺」
(ここから東へ300m)の地で戦勝奉告をされた。

後に仁徳天皇(神宮皇后の孫)の勅願により「池辺」にこの神を
祭るようになった。(西暦312年頃)後世ここを「本宮」と云う。


遷宮
1.大宝元年旧九月二十二日(西暦751年)喰那尾山頂の陣跡へ。
2.元弘三年(西暦1333年)大宮谷(ここから100M上)へ。
3.天正二年十一月(西暦1574年)領主秋月種実の頃現在地へ。

神領50町 神官社僧36人仕えていた。


社格 貞観元年正月廿七日(西暦859年)「從五位上」と云う位を給う。
之は「三代実録」の文中に見える。又延喜式十巻神名帳(西暦920年頃の書)に
「筑前国下座郡美奈宜神社三座」名神大と記載あり


祭礼 十月二十二日の「おくんち」には獅子、羽熊等お供約200人の
御神幸行列が今なほ行はれている。



調べてみるとやはり歴史を感じさせますよね、こういった温故知新のような
部分があるのも神社の魅力なのかもしれませんね!